大会テーマ 「戦争の記憶と平和の創造ーー対話・責任・未来への問い」
2025年 5月31日(土)・6月1日(日)
会場:立命館大学・大阪いばらきキャンパス
(フルペーパーは大会終了後、1〜2週間ほど掲載されます)
開催趣旨
戦後80年の年、日本平和学会は世界と日本が直面する複雑な課題を見据え、「戦争の記憶と平和の創造」をテーマに掲げて大会を開催する。戦火の絶えない今日の世界において平和を創造するためには、過去の戦争がいかに記憶され、それが現代にどのような影響を与えてきたのかを検証することは不可避である。本大会では改めて80年というタイムスパンから、平和のための議論を積み重ねていきたい。
本テーマを論究するために、本大会の部会では以下の論題を設定した。まず北東アジアにおける多国間安全保障体制の可能性である。戦後80年を迎えても北東アジアでは未だ戦争の影が付きまとい、さらにロシア・ウクライナ戦争の影響によって緊張がより高まったと喧伝されている。このような状況下で平和を創造するための方策のひとつとして、アジアにおける多国間枠組みが成立する条件を議論する。また、戦争の記憶を手繰るためには忘れ去られた事象についても取り扱わなくてならない。そのひとつが戦時・戦後における鉄道の廃線である。市民生活に欠かせない鉄道と戦争の関わりを論じることで、平和研究の射程を広げ、その内実の拡充を図る。加えて、戦争被爆の記憶が日本や国際社会の中でいかに語られてきたのかを検証することは、核抑止に依存する安全保障政策の限界を見極めるうえで欠かせない。今日の国際社会では、核兵器禁止条約の発効や日本被団協のノーベル平和賞受賞に象徴されるように核兵器廃絶運動の進展がある一方で、ウクライナ戦争におけるロシアの言動にみられるように「核のタブー」が破られる恐れも高まっている。ドキュメンタリー映画「サイレント フォールアウト」の上映会を実施し、核実験の被曝被害の実態についても認識を新たにすることで、人間にとっての平和・安全保障と核兵器との関係を深く考える機会としたい。
他方で、21世紀初頭に提唱された新しい規範的概念である「保護する責任(R2P)」は、四半世紀を経てもなおその有効性が試されている。パレスチナやミャンマーなどで繰り返される惨事は、国家主権と人命保護の狭間で苦悩する国際社会の現実を浮き彫りにする。「保護する責任」の四半世紀を振り返る部会では、残虐犯罪の犠牲者が増え続けている中で、国際社会の果たすべき責任について考える。対話という点で国内に目を向ければ、福島第一原発事故後の社会的対話が依然として課題として残っている。廃炉や復興に関する議論において、市民との対話が一方通行に終わる例が少なくない。ラウンドテーブル「『核災害』後のわたし(たち)は、どう変わってゆくのか」では、原発事故後の福島の復興過程で露呈した対話の困難は、異なる立場の人々が共に知識を創造することの重要性を教えてくれるだろう。対話の形式や内容を再考し、異なる立場の人々が互いに変化しながら新たな知識を創造する場を構築する必要がある。
戦争の記憶とその影響を主軸に、地域的平和構築、紛争下の人々の保護、核問題などのテーマをめぐって多様な視点を交差させ、現代における「平和」の意味を問い直す。それは、直接的・構造的・文化的暴力のない消極的平和を目指すのと同時に、直接的・構造的・文化的平和の存在・構築を意味する積極的平和を追求するためである。こうした平和概念のもと、重要なことは平和を築くプロセスであると提唱したヨハン・ガルトゥングを追悼する部会では、彼の理論が平和研究の地平をどのように広げたのかを再評価し、現代の諸課題にどう活かせるかを、対話を通じて考える。
各部会は、異なるテーマを扱いつつも、共通して「対話の必要性」と「記憶の継承」という課題を内包している。平和の追求は単なる理念ではなく、具体的な行動と政策として実現される必要がある。個人、地域、国家、国際社会という多層的な視点を持ちながら、それぞれの責任と可能性を考察することが、平和学の使命であろう。
戦争の影響を記憶し、対話を通じて共に未来を創造する。戦後80年の節目に、本大会を通じて私たちはそのための知識と行動を共有し、新たな平和の地平を切り開いていきたい。
第26期企画委員長 土野瑞穂
開催校理事 宮脇昇
5月31日(土)
9:00-11:00 部会1(企画委員会企画)「『保護する責任(R2P)』の四半世紀――国際社会の限界と展望」
21世紀初めに「保護する責任(R2P)」が提唱されてから四半世紀が経過しようとしている。R2Pとは、ジェノサイド、戦争犯罪、民族浄化、人道に対する罪といった残虐犯罪(atrocity crimes)から人々を保護するための国家および国際社会の責任を意味する規範的概念である。しかし、現在も残虐犯罪の犠牲者は増え続けており、国際社会の果たすべき責任が問われている。そこで本部会では、R2Pの提唱から現在までの四半世紀を振り返り、残虐犯罪の予防と対応における国際社会の限界と展望を議論する。
報告:西海洋志(横浜市立大学)「保護する責任(R2P)の意義を問い直す――歴史・倫理・実践」
報告:藤井広重(宇都宮大学)「国際刑事裁判所と保護する責任――国際法廷に対する『バックラッシュ』に関する検証からの展望」
討論:庄司真理子(敬愛大学)
討論・司会:宮下大夢(名城大学)
9:00-11:00 部会2 自由論題部会
報告:田中駿介(東京大学大学院博士後期課程)「1960年代スチューデントパワーの再審――グローバルヒストリーのなかのベ平連・全共闘・高畠通敏」(2023年度平和研究助成基金採択者)
報告:尹在彦(東洋大学)「『国際規範伝播』から見る日韓の環境運動の連携――韓国の「温山病問題」を事例に」(2023年度平和研究助成基金採択者)
討論:大野光明(滋賀県立大学)
討論:蓮井誠一郎(茨城大学)
司会:毛利聡子(明星大学)
11:10-12:40 ドキュメンタリー映画「サイレント フォールアウト」上映会【オンライン不可】(開催校企画1)
自国の、あるいは人間の安全を保障するために、国家は核兵器を持たざるを得ないのか。国際社会において、これを是とする声と否とする声は、常にどちらも存在してきた。
近年は、ウクライナ戦争における核兵器国ロシアによる威嚇、そのロシアから北朝鮮へ核技術が提供される懸念、ガザ全面侵攻に際してイスラエル閣僚から出た核兵器使用の脅し、中国が保有する核弾頭数の増加など、核兵器を有用とする見方を強化するかのような事案があいついでいる。
しかし、それと同時に、2021年には核兵器禁止条約が発効するに至ったことを軽視することはできない。同条約の採択に貢献した「核兵器廃絶国際キャンペーン」は、2017年にノーベル平和賞を授与され、現在も核兵器使用の非人道的結末を訴えて活発に活動している。2024年のノーベル平和賞は、再び核兵器廃絶の市民運動に光をあて、日本被団協に授与された。日本被団協は、広島と長崎の被爆者の証言を長年にわたり草の根で絶やさず行い、核兵器の使用を〈禁忌〉とする強力な国際規範を築き上げることに貢献してきた。
伊東英朗監督によるドキュメンタリー映画「サイレント フォールアウト」は、核兵器大国アメリカの国内にも、そうした被曝被害の非人道性を訴える市民運動が闘われてきた歴史があることを、当事者の証言に基づいて記録したものである。1950-60年代に米国ネバダ州で行われた核実験の被害者(被曝者)らが、その被害の実態を米国政府・社会に訴える運動の中でいかなる経験をしたのかを追っている。米国における反核実験の市民運動の経験を知ることは、核兵器使用を禁忌とする国際規範の根拠を深く理解することにつながる。核兵器を有用とする見方が強化されつつある現在、本作の視聴を通じて核実験の被曝被害の実態についても認識を新たにし、人間にとっての平和・安全保障と核兵器との関係を深く考える機会としたい。
なお、「サイレント フォールアウト」の上映会後、伊東監督や栗原淑江さん(「継承する会」事務局)をゲストに迎えて、本作が喚起する諸問題や核不使用規範の射程などについて広く議論する場を「平和学の方法と実践」分科会において設けることになっている。
12:40-13:00 昼休み
13:00-15:00 分科会
15:10-15:50 総会
16:00-18:00 部会3(開催校企画2)「アジア版CSCE/OSCE構想ーー北東アジア平和対話の場を設けよう」
戦後80年を迎えて未だ戦争の影がおおう北東アジアでは、これまで多国間の安全保障と平和に関する対話の可能性について多くの提案がなされてきた。ウクライナ侵攻を経てさらに緊張が高まるといわれる現在、対立する諸国間の多国間対話のモデルを、1975 年にヘルシンキ宣言という形で収斂した欧州安保協力会議(CSCE、現OSCE)に見ることができよう。ヘルシンキ宣言50年でもある2025年に、アジア版のCSCEの可能性について、NAPCIやウランバートル対話(UBD)等の北東アジアの安全保障・平和に関する多国際会議を開催してきた各国の専門家が集まり、知恵を絞る。
登壇者:ナンジン・ドルジスレン(モンゴル・北東アジア戦略研究所所長)「北東アジアの多国間対話――モンゴルの事例」※非会員
登壇者:陳昌洙(元世宗研究所所長)※非会員
登壇者:吉川元(広島平和研究所前所長)「アジアではなぜ多国間安保対話が実現しないのか?――冷戦終結直後の構想とその挫折」
登壇者:君島東彦(立命館大学)「憲法平和主義の展開としてのアジア版OSCE構想――東アジア共通の安全保障の 枠組みをつくるー」
登壇者:宮𦚰昇(立命館大学)「逆境をのりこえたCSCE/OSCE:1979年、1999年、2022年の教訓」
討論者:交渉中
司会:玉井雅隆(秋田大学)
18:00-20:00 ネットワーキングイベント(懇親会、軽食)
6月1日(日)
9:30-11:30 部会4(開催校企画3)「パネルディスカッション 戦時廃線から80年)」
鉄道と戦争の縁は深い。日本でも戦前は軌間論争、軍用鉄道・列車や軍事施設への引き込み線、捕虜移送、等、戦争の準備や遂行における鉄道の役割は小さくない。戦後でもベトナム戦争時の米軍の航空ジェット燃料列車事故にみられるように、日本の鉄道が戦争に関与した事例がある。しかし戦争は鉄道を利するばかりではなかった。日本国内で第二次大戦中に「不要不急線」とみなされ廃線となった路線は、単線化、一時休止を含めれば100 をゆうに超え、枚挙にいとまがない。戦後の多くの廃線が経済合理性の理由によったのに比して、戦時中の廃線は主として金属回収的観点や鉄道資材再配置等の観点で対象となった。戦時中の廃線(戦時廃線)は、戦争の名のもとに無理矢理廃線にさせられたという意味で戦争の「犠牲線」であり、またその不利益は爾後の沿線住民に大きくのしかかった。戦時廃線は、おおむね1941 年8月以降であるが時期的には太平洋戦争前の廃線もある。同時に、戦争を推進する軍事的目的で建設された軍用用線もまた終戦によって役目を終えた。本大会では、官民の戦時廃線および軍用線という、平和研究では忘れられていたテーマを発掘し、西日本で戦時中・終戦後に廃線となった路線の1)廃線前の状況、2)廃線にいたった経緯、3)戦後復活しなかった事情、4)現状、について考え、廃線後80年から戦争像を浮き彫りにし、平和=交通政策への示唆を導く。
報告:「国鉄有馬線」玉井雅隆(秋田大学)
報告:「愛宕山鉄道、愛宕索道」矢野司郎(関西大学)※非会員
報告:「陸軍宇治火薬製造所木幡分工場引込線」勝村誠(立命館大学)
討論:鈴木一夫(元盛岡市議会議員)※非会員
司会:玉井良尚(立命館大学)
9:30-11:30 部会5 自由論題部会
報告:坂本唯(立命館大学大学院一貫制博士課程)「いかにして被害を可視化させるのか?――福島原発事故後の市民放射能測定を事例に」
報告:Hagiya Corredo Magda Yukari(宇都宮大学大学院博士前期課程)「Structural Violence and Gender: Analyzing Nigeria’s Counter-Terrorism Approach to Boko Haram and Gender-Based Violence」
討論:鴫原敦子(東北大学)
討論:華井和代(東京大学)
司会:土野瑞穂(明星大学)
11:30-12:00 昼休み
12:00-14:00 分科会
14:00-16:00 部会6(企画委員会企画)
ラウンドテーブル「『核災害』後のわたし(たち)は、どう変わってゆくのか――平和学者として対話する(仮)」
「対話が必要だ」――福島の原発事故が突きつけた数々の課題に対し、そのように語られることが多い。廃炉や廃棄物処理、「復興」、将来のエネルギー政策に関して、政策決定者や科学者からも市民との対話の必要性が訴えられている。しかし、実際には対話が一方的な「理解を求める」形にとどまり、あるいは「マイノリティの声を聞く」というパフォーマンスに終わる例が少なくない。人新世を生きる私たちは、答えのない課題に直面している。それぞれが抱える迷いや願いを共有し、互いに変化しながら新たな知識を共に創造する――そのような対話の場でなければ、真の意味での対話とは言えない。本ラウンドテーブルでは、未曾有の核災害を異なる立場から経験した人々の話を聞いた後、参加者全員がグループ対話に参加し、それぞれの知識、願い、迷いを共有しながら、平和学者として、また市民として自らの責任を考える場としたい。
登壇者:井上 美和子(文筆朗読家、原発事故避難者)※非会員
登壇者:柴田 寛文(元経済産業省)※非会員
ファシリテーター:田村あずみ(滋賀大学)、宇野朗子(「うみたいわ」主宰)
14:00-16:00 部会7(自由論題パッケージ企画) ラウンドテーブル「ガルトゥング追悼記念:プロセスとしての平和と紛争転換~消極的平和と積極的平和の再考を試みる~」(仮)
「平和学」の開拓者、第一世代の一人でもあったヨハン・ガルトゥングが亡くなった(1930~2024)。ガルトゥングは、1969年の「構造的暴力」概念を含む暴力と平和の理論を発表した後、1989~1990年には「文化的暴力」を提示していく。その後、積極的平和の定義を「構造的暴力の不在」から、「平和を築くプロセス」という概念に進化させ、「直接的平和」「構造的平和」「文化的平和」の存在・構築と明確化した(Galtung 2007, 2012)。平和創造のプロセスにおいて重要なことは、紛争(コンフリクト)の所在を明らかにすることだと、ガルトゥングは言う。紛争転換における創造性こそが、ガルトゥング平和学の真髄である。日本においても平和学・平和研究、そして平和創造の教育や実践において、ガルトゥングが与えた影響は計り知れない。その功績を偲びつつ、ガルトゥング平和学の理論をどう理解してきたか、また今後にどう活かしていくか、会場に開いて対話を試みたい。
報告:勅使川原香世子(看護師)「内面化された構造的暴力の意識化と暴力からの解放(仮):DVを事例として」
報告:高部優子(明星大学・沖縄科学技術大学院大学)「リソースの限られた地域における発達障害支援モデルの探求――ガルトゥングの積極的平和理論を用いた沖縄中部および島嶼部におけるインタビュー分析」
報告:佐々木和之(ルワンダ・プロテスタント大学)「ルワンダ国民和解プロセスの到達点と課題」(仮)
フロアから:「私とガルトゥング」
ファシリテーター:奥本京子(大阪女学院大学)


