大会テーマ「平和の価値と平和研究の価値———新しい知的原動力の創造」
2021年 11月6日(土)・7日(日)
オンライン開催
開催趣旨
日本平和学会は、再来年には50周年の節目の年を迎える。冷戦期に誕生した日本平和学会は、冷戦後の世界においても社会の変動と価値の多元化に対応した研究成果を残してきた。平和をめぐる多様なテーマとそれに対処する多様なアプローチを採用するにつれて、それらをつなぐ平和の価値について再検討する必要性も高まってきている。
冷戦後の世界における平和の価値を考える上で、重要な示唆を与え続けているのが日本平和学会馬場伸也元会長が提唱した人類益という考え方である。残念ながら馬場元会長は1989年に他界されたが、馬場元会長の提唱した「人類益」という考え方は、現代においても共有されうる平和の価値である。それは、以下の四つの価値を内包するものである。第一に、核兵器を含むすべての軍備と戦争からの解放(永久平和の確立)である。現代の世界においても、核兵器や化学兵器などの大量破壊兵器の脅威だけでなく、クラスター爆弾や対人地雷などの通常兵器の脅威もあって、それらの脅威に対抗するためにNGOなどの運動も活発化した。市民を標的とする暴力の蔓延もあって、人間の安全保障といった新たな安全保障の概念も創設された。
第二に、飢餓、貧困からの解放(全人類の経済的福祉の確立)である。現代の世界においても、サハラ以南のアフリカでは依然として健康な心身を維持するために必要な栄養が摂取できず感染症に罹患する人びとが多い。また、1.90米ドル以下の絶対的貧困の状況に置かれた人びとも数多くいる。他方で、豊かな国家においては飽食と肥満が問題となるなど、世界的な食糧分配の不平等が依然として残されている。このような飢餓や貧困からの解放を目指して持続可能な開発目標(SDGs)が掲げられた。
第三に、環境破壊からの解放(自然と人間との調和の確立)である。産業革命以後の急激な経済成長と人口増加は、地球環境に大きな負荷を与えてきた。この傾向は、現代の世界においても減速していない。パリ協定では、温室効果ガス排出量を実質的にゼロにし、産業革命以前からの気温上昇を1.5度未満にすることが人類の努力目標とされた。また、福島第一原子力発電所事故は、周辺地域に放射能を撒き散らし不可逆的な自然破壊をもたらした。人類は新たなエネルギーの導入だけでなく、消費と廃棄を無限につづけるライフスタイルの見直しに迫られている。
最後に、人間性の解放(個々人の人格の尊厳の確立)である。戦争がなく飢餓や貧困もなく、自然とも共生したとしても、それだけでは平和とはいえない。人間が人間として尊重される世界の構築が必要である。たとえば、現代の世界においても性差別は深刻である。多くの女性にとって学校教育の機会は少なく、水汲みや家事労働の多くは女性の仕事とされている。戦闘だけでなく日常的に性暴力が蔓延しており人身売買のターゲットにもなりやすい。このように性別だけでなく、国籍、民族、宗教、年齢、障がい、性的指向などを理由としたマイノリティに対する差別と暴力は解消されていない。
今日において、これらの平和の価値を実現する方法も多様化してきた。平和研究における文学の影響力は計り知れない。反戦文学や原爆文学は当時の非人道的な戦争の有り様を現代に伝えるだけでなく、現代の世界においても、暴力や平和を伝えるメッセージの一つとして文学が用いられている。文学だけでなく音楽の役割も重要である。ジョン・レノンやボブ・ディランなどの歌手による反戦歌があげられるだろう。映像の影響力も並外れている。映画やテレビによって戦争や暴力の惨状を視覚的に伝えることが可能になった。また、インターネットやSNSなどの通信技術の革新は、そのような人びとに平和を世界に訴える力を与えている。資料や証言の収集、資料館や記念館での展示と講話といった努力は、将来の人類が平和を考える上で有益な視座を与えるものである。また、このような平和の課題を後世に伝える重要な方法が平和教育である。
平和研究は、平和をめぐる多様なテーマとそれに対処する多様なアプローチを採用してきた。平和研究は、平和に関連するテーマについて現実をどのように認識し、その現実をどのように批判してきたのであろうか。その現実に対する批判を通じて、何を破壊し、何を構築してきたのであろうか。さらに、平和研究は、これからどのような理想を設定し、平和を牽引できるのであろうか。本大会では、このような平和研究の現状・課題・解決策を考察することを通じて、平和の価値と平和研究の価値を再考し、平和研究の新たな原動力を創造することを目的とする。
開催校理事 上野 友也
11月6日(土)
9:00-11:30 部会1
自由論題部会
報告:山本潤子(大阪大学大学院)「長野県の中国人遺骨送還運動にみる人権意識―『在日殉難中国烈士慰霊碑』と中国における日本人遺骨を中心として―」
報告:櫻井すみれ(東京大学大学院)「無名の市民たちによる歴史継承の実践―神奈川県『相模湖・ダムの歴史を記録する会』の取り組みを事例に」
報告:大関絢子(神戸大学大学院)「移民の社会的包摂を試みる『マイグレーション・ミュージアム』」
討論:上村英明(恵泉女学園大学)
討論:内海愛子(恵泉女学園大学名誉教授)
司会:木村真希子(津田塾大学)
9:00-11:30 部会2(平和教育プロジェクト企画)
第二次世界大戦後の日本の平和教育は、被爆者や戦争体験者からの聞き取りや、写真や映像などで戦争の悲惨さを伝え、平和の大切さを訴えかけたりする反戦平和教育であった。また日本の被害のみを強調しているという批判から、沖縄戦、アジア・太平洋諸国への加害責任などの実践も積み重ねてきた。しかし歴史修正主義の影響等で低迷したものの、2000年代には、平和概念の拡大や包括的平和教育の影響などで新しい広がりも見られた。
2014年に発足した平和教育プロジェクト委員会は、これまでの反戦平和教育の実践も大事にしながら、直接的暴力、構造的暴力、文化的暴力に晒されている、あるいは加担している自らや他者を発見し、それらを乗り越える力、さらに平和を築く力を培うという、従来の平和教育の扱うテーマより拡げている。
また、平和教育プロジェクト委員会の大きな特徴は、教育方法である。人間の発達や学習を他者や社会との相互作用としてとらえる社会的構成主義(social constructivism)は、対話を基礎とした他者と自己、社会との関係性の中で相互作用として意味を構築していく。教師は、対話や学びを促進するためファシリテーターとも表現される。教師・ファシリテーターは知識を与える権威的な存在ではなく、共に学び、共に変化・成長していく存在である。
平和教育プロジェクト委員会は、従来の平和教育より拡大した領域を扱い、社会的構成主義に基づいた方法で実践を行っており、“新しい平和教育”と言えるであろう。現在、委員会が蓄積してきたものを元にして書籍化も試みている中、委員一人ひとりの語りから、“新しい平和教育”を形づくっていきたい。
また、今回は、午後のワークショップと連動する画期的な企画である。午前中はパネリストの話と質疑応答になるが、午後のワークショップでは参加者と平和教育について語り交わしたいと考えている。
パネリスト:高部優子(明星大学講師) 「平和創造力を育てる教育
ーーガルトゥングの平和・暴力理論から日本の平和教育を積極的平和教育へ」
鈴木晶(横浜市立東高校)「日本の学校教育における平和教育の背景」
松井ケティ(清泉女子大学)「改革を起こす:包括的平和教育とは何か」
奥本京子(大阪女学院大学)「平和教育のためのファシリテーション・アプローチ」
笠井綾(宮崎国際大学)「平和教育としてのクリエイティブアーツ」
ロニー・アレキサンダー(神戸大学)「ふりかえり~その理論と実践」
中原澪佳(新潟大学大学院)「パウロ・フレイレの視点――社会変革のための平和教育」
コメンテーター:村川治彦(関西大学)
11:30-12:00 昼休み
12:00-14:00 分科会
14:10-15:20 総会
15:30-18:00 部会3(開催校企画)
平和研究の方法と実践――新しい知的原動力の創造
平和研究は、現代世界における価値の多元化と複雑化にともなって、平和をめぐる多様なテーマを設定し、それに対処するための多様なアプローチを採用してきた。一方で、それらをつなぐ平和の価値を再検討する必要性も高まってきている。平和研究は、平和に関するテーマについて現実をどのように認識し、その現実をどのように批判してきたのであろうか。その現実に対する批判を通じて、何を破壊し、何を構築してきたのであろうか。さらに、平和研究は、これからどのような理想を設定し、平和を牽引できるであろうか。本部会では、国際法と国際秩序、戦争と安全保障、環境と開発という三つのテーマを取り上げて、平和の価値と平和研究の価値を再考し、平和研究の新たな原動力を創造することを目的とする。
報告:清水奈名子(宇都宮大学)「国際社会における法の支配と平和―『リベラルな国際秩序』をめぐる課題」
報告:佐渡紀子(広島修道大学)「安全保障概念の広がりと平和研究へのインパクト」
報告:鴫原敦子(東北大学)「生存基盤の危機と開発主義―人新世における『平和』の再定位に向けて―」
討論:佐々木寛(新潟国際情報大学)
司会:上野友也(岐阜大学)
15:30-18:00 部会4(平和教育プロジェクト企画)
ワークショップ:平和教育を語り交わす
平和教育とは何か。客観的史実や事実を教え込み、記憶させるためのものか。知識や情報をもとに、個々人がそれをどう捉え直し自身の課題として生きていくための助けとするものなのか。身体や感情を通じて、今まで認識できていなかった事柄を発見しようとするものか。
それぞれの人が考える「平和」は多様であり、「平和」という定義は一つに収まりきらない。それならば平和教育も、それぞれの人のそれぞれの平和教育があるであろう。
本ワークショップでは、“わたしのストーリー”、“わたしの平和教育”を語り交わす場にしたい。ワークショップにおいては、参加者がただ単純に「語らされる」のではなく、多様な側面・人生における経験を思い出す工夫をすることで、自発的に無理なく「語りたくなる」ような工夫を用意する。
この企画は、午前中のラウンドテーブル「新しい平和教育を語る、創る」と連動している。ワークショップのみの参加も大歓迎だが、午前中のラウンドテーブルでの「語り」に対して、疑問や違和感を持ったり、共感したり、自身も語りたいと思った会員の皆さんと一緒に、「新しい平和教育」について語り、それをさらに深めていく一歩としたいと願っている。
ファシリテーター:ロニー・アレキサンダー (神戸大学)、奥本京子(大阪女学院大学)、笠井綾(宮崎国際大学)、鈴木晶(横浜市立東高校)、高部優子(明星大学講師)、暉峻僚三(中央大学講師)、中原澪佳(新潟大学大学院)、松井ケティ(清泉女子大学)
11月7日(日)
9:00-11:30 部会5
ミャンマーの人権・人道危機と国際社会
ミャンマーでは、2021年2月1日の軍事クーデターにより、1988年に始まった民主化の流れが一挙に押し戻された。この間市民は、デモ、ストライキ(市民不服従運動)、スマートフォン・SNSを駆使した弾圧の証拠集めと発信で抗議の声をあげてきたが、国軍と警察による弾圧は激しさを増し、現在(5月下旬)までに市民側の死者は800名、拘束された者は3400名を超えた。あわせて、民主派を政治の舞台から排除し再選挙を有利に進めるための体制固めも進行している。スーチー氏らNLD(国民民主連盟)幹部は訴追され、民主派が樹立した「統一政府」の閣僚も指名手配され、クーデター後国軍が設置した選挙管理委員会はNLD政権下の選管に不正があったと結論し、NLDを解党する方針を明らかにした。一方、国連安保理はロシアと中国の反対により有効な制裁措置を打ち出せず機能不全に陥っている。
2011年の民政移管は、それまで23年間続いた軍政期に国軍がつくりあげた憲法に基づく上からの体制変更だった。新体制はシヴィリアン・コントロールとミリタリー・コントロールの役割分担に特徴がみられたが、同時に国軍が決して文民支配に服さないことを意味していた。国軍は莫大な経済利権を確保し、ロヒンギャ弾圧も断行した。では、なぜ今回国軍はクーデターを起こしたのか。国軍にとっての脅威は何だったのか。
本部会では、まず、独立後73年間の政軍関係を振り返りながら、ミャンマー国軍の論理と行動の特徴を示し、クーデターへの抵抗運動として始まった今回の「春の革命」の特質を1988年当時の民主化運動との比較を通じ明らかにする。次に、ミャンマーを取り巻く国際関係の現状を欧米諸国、ロシア、中国、ASEAN諸国との関連で分析した上で、崩壊するミャンマーの人権と民主主義に対して日本を含め世界の政府と市民は何をすべきか討論を行なう。
報告:根本敬(上智大学)「シヴィリアン・コントロールの拒絶―独立後のミャンマー国軍と政治」
報告:伊野憲治(北九州市立大学)「2021年ミャンマー民主化運動(春の革命)の特徴―1988年民主化運動との比較を通じて」
報告:大津留(北川)智恵子(関西大学)「ミャンマーの民主化を取り巻く国際環境の変化―アメリカ外交の視点から」
討論:山根健至(福岡女子大学)
司会:古沢希代子(東京女子大学)
9:00-11:30 部会6
人新世の平和学――ノン・ヒューマンと共に生きる(「気候変動と21世紀の平和」プロジェクトおよび「3.11」プロジェクト共催企画)
新型コロナウィルス(COVID-19)の感染は終息の目途さえ立っていない。爆弾低気圧の頻発・大規模森林火災・極地域の氷の融解といった気候危機の惨状は食い止めることができないのではないかと思うほど深刻なところまで来ている。これはどちらも「近代的発展」のために自然破壊を推し進めてきた先に現れてきたブローバック以外のなにものでもない。日本の文脈では、この「近代的発展」を求め続けた結果としての私たちの文明がもたらしたブローバックはすでに「3.11」の事故で十分に経験している。にもかかわらず、人びとの意識の刷新については、カーボン・ニュートラルやグリーン成長戦略などの表明にもかかわらずほとんど進んでいない状況である。それはこれらの表明もまた、既存の文明の延長線上にあるためであることを暗示しているからだと言えないだろうか。
この新しい危機状況に対して、平和学が国家・社会・コミュニティなど様々な場面で積極的な提言ができるかどうかが問われている。ところが、これまでの平和学の研究の多くは、専らヒト(集団・個人含む)間の争いや、ヒトにまつわる諸問題に焦点を当ててきたために「ノン・ヒューマンの平和」という課題設定を十分にしてこなかった。
以上を踏まえ、今回は、平和学会の学際的知を通して「ノン・ヒューマンとの平和」のあり方を考える機会としたい。
報告:清水耕介(龍谷大学)「西田幾多郎の他者論から考える平和」
報告:前田幸男(創価大学)「ノン・ヒューマンとの平和とは何か―近代法体系の内破と新たな法体系の生成が意味するもの」
報告:結城正美(青山学院大学)「石牟礼文学にみるヒトでないものたちとの共生」
討論:小谷一明(新潟県立大学)
討論:竹峰誠一郎(明星大学)
司会:堀芳枝(早稲田大学)
11:30-12:00 昼休み
12:00-14:00 分科会
14:10-16:40 部会7
資源と紛争
資源が紛争の要因や資金源となる例は古くから存在する。鉱物資源から農産物、木材、土地の権利まで、様々な資源が世界各地で紛争の発生や継続に結びついてきた。特に冷戦終結後の1990年代には、超大国からの援助の代わりに略奪可能資源を資金源として新たな紛争を起こす紛争主体が登場し、紛争の発生・継続における資源の役割が重みを増した。また、気候変動による気温や降水パターンの変化が顕在化している地域では、水源地域の領有権をめぐる国家間の対立の激化、半乾燥地域の水源へのアクセスをめぐる農耕民と牧畜民の対立、「water mafia」による都市の水資源配分の独占など、水資源をめぐる新たな問題も発生している。さらに、土地の権利をめぐる集団間の対立が紛争に発展する事例もある。ただし、資源の存在が必ずしも紛争を誘発するわけではない。また、資源が関わる紛争であっても、必ずしも資源の獲得を主な要因として紛争が発生しているわけではない。他の要因による対立が、資源の利用によって紛争へと発展したり、紛争継続の過程で資源が資金として利用され始める紛争もある。さらに、資源は、直接的に紛争の原因になったり資金源になったりするほかに、経済、政治、産出地域の住民、武装勢力などのへの影響を通じて構造的に紛争に結びつくこともある。資源が紛争に結びつく経路にはどのようなメカニズムが働いているかは、「紛争の政治経済学」の分野において研究が蓄積されてきた。こうした背景を踏まえて本部会では、アフリカ、アジア、ラテンアメリカにおいて資源と紛争に注目した研究を行っている専門家を招き、資源と紛争の結びつきについて理解を深める。
報告:林裕(福岡大学)「アフガニスタンにおける資源と紛争」
報告:和田毅(東京大学)「ラテンアメリカにおける水紛争」
報告:武内進一(東京外国語大学)「今日のアフリカにおける土地紛争の背後にあるもの」
討論:吉田敦(千葉商科大学)
司会:華井和代(東京大学)