戦後70年が経ち、戦後生まれが人口の約8割を占めるまでになりました。戦争体験の風化は否めません。このような状況下では、体験した者のみが持つ「過去を踏まえた上で未来を見据える知見」を伝えることがその役割と言えます。
安保法案反対のデモで、有名になった戦争体験者の声があります。86歳の、加藤敦美さんによる新聞投書(2015年7月18日 朝日新聞「声」欄)です。
安保法案が衆院を通過し、耐えられない思いでいる。だが、学生さんたちが反対のデモを始めたと知った時、特攻隊を目指す元予科練だった私は、うれしくて涙を流した。体の芯から燃える熱で、涙が湯になるようだった。オーイ、特攻で死んでいった先輩、同輩たち。「今こそ俺たちは生き返ったぞ」とむせび泣きしながら叫んだ。(中略)
学生さんたちに心から感謝する。今のあなた方のようにこそ、我々は生きていたかったのだ。
この方が伝えた思いは若者たちの心に響き、国会前のデモで読み上げられたり、SNSで拡散したりしました。なぜ、これほど共感の輪が広がったのでしょうか。
それは、体験者の言葉の重みゆえでしょう。実際、戦争体験者が政治の世界でも多勢だった頃、集団的自衛権の行使に断固反対する方々がいました。それは、体験に裏付けられた、肌感覚のようなものだったと想像できます。一方、同法案を推進した安倍首相は、最年少で戦後世代初の総理(2006年、第1次安倍内閣)となりました。今後、全ての政治家が戦後世代という時代がやってきます。
未来の舵取りを誤らないようにする為には、過去から学ぶことは必須です。リアルな戦争体験は、私たちを進むべき方向へと導いてくれる道しるべになります。
本法律が可決される前、戦争体験者から「沈黙は共犯」「本心を言わないのは協力」という、自省に基づく警告が発せられていました。彼らは戦争に向かってしまった過去を踏まえ、未来を見据えています。
元特攻隊員の岩井忠正さん(95歳)は、2014年11月に突然衆議院が解散されたことを受けて開催された「『いつか来た道』を再び辿らないために、今できること!」というイベントで、次のように発言していました。
「積極的な協力ではなくてもね、なにも言わない、本心を言わない沈黙による協力というのがあると思う。沈黙は中立ではないですよ。ひとつの協力なんだ」
「戦前に状況が似てきたとは言うけれど、国民が(自分の意見を発言する)権利を持っているという点で昔と全く違います。自由と民主主義を手にしていることを、もっと自覚したほうがいい」
そして、こう続けました。
「僕はそういう失敗をしたから、傍観者にはならないぞという覚悟をしています」と。
戦後世代の私たちにも、未来への責任はあります。戦争のリアリティに耳を傾けることで、見えてくる未来があります。戦後70年の今年、敗戦時20歳だった方は90歳。25歳だった方は95歳です。残された時間は多くありません。今こそ、戦争体験に耳を傾けることが求められています。(神 直子)
参考資料
・加藤敦美さんの投書に関する朝日新聞記事(2015年8月16日)
http://www.asahi.com/articles/ASH8C5J3QH8CPTIL02M.html
・岩井忠正・岩井忠熊『特攻ー自殺兵器となった学徒兵兄弟の証言』(新日本出版社)2002年。
・岩井忠正さんのイベント・レポート