(1)「平和への権利」と日本国憲法の「平和的生存権」
20世紀は「戦争の世紀」とも言われます。第1次世界大戦、第2次世界大戦のように、言語に絶する犠牲が生じた世界大戦が2度も行われました。こうした悲惨な戦争が再び起こらないようにするため、国際社会の憲法と言える「国連憲章」では「武力不行使」が原則とされました(2条4項)。ところが実際には、国連憲章に反する「武力行使」や「戦争」が国際社会から姿を消すことはありませんでした。最近では、2003年にはじまったイラク戦争があります。2008年のWHOの報告による評価でも、イラク戦争では2006年6月までに15万人もの犠牲者が出ています。犠牲者の多くは女性や子ども、老人などの一般市民でした。現在もイラクには平和が訪れておらず、いわゆる「イスラム国」が台頭しています。こうした悲惨なイラク戦争ですが、「平和への権利」のようなものがあれば阻止できたのではないかと考えたスペインの市民団体が国際法上の権利にしようと考えたのがきっかけとなり、国連で2008年から「平和への権利」の議論が進められることになりました。
ただ、「平和への権利」を国連宣言として国連総会で採択しようにしよう という動きですが、突然、発生したものではありません。国際社会では、今までも戦争や武力行使をなくそうとするとりくみがなされてきました。ルーズヴェルト大統領による「4つの自由宣言」演説(1941年1月16日)、「大西洋憲章」(1941年8月14日)、「国連憲章」(1945年)、「世界人権宣言」(1948年)、「国際人権規約」(1966年)など はそうしたとりくみの代表的なものです。その後も、1978年12月15日、国連総会で採択された、「平和に生きる社会の準備に関する宣言」では、「各国民と各人は、人種、思想、言語、性による別なく、平和に生きる固有の権利(inherent right to life in peace)を有する」とされています。1984年11月12日に国連総会で採択された、「人民の平和への権利についての宣言」では、「地球上の人民は平和への神聖な権利を有することを厳粛に宣言する」とされています。
そして、平和を権利として認めようとする動きですが、実は日本が先駆的な役割を果たしています。日本国憲法前文では、「われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する」とされています。ここでいう「平和」とは、単に戦争や武力行使がないというだけではありません。貧困や差別、抑圧も、個人の生存や平和を脅かします。そこで、武力行使や戦争だけではなく、貧困や差別、抑圧に脅かされないことは「全世界の国民」の「権利」であり、そうした権利実現のため、日本が積極的な役割を果たすことを、憲法前文の「平和のうちに生存する権利」は国際社会にむけて宣言しています。
現在、国連の人権理事会で起草作業が続けられている「平和への権利」宣言案は、日本国憲法の「平和的生存権」と同じように、「武力」「戦争」に歯止めをかけることで平和を実現しようとする国際社会の営みを受け、「戦争」「武力行使」を禁止するものです。さらには、「社会的不正義」に基づく貧困や搾取、差別などの「構造的暴力」(Structural Violence)をなくそうとする「積極的平和」を実現しようとする点でも、「平和への権利」と日本国憲法の「平和的生存権」は同じような内容を持っています 。
(2)「平和への権利」にたいする安倍自公政権の対応
「平和への権利」にたいする各国の対応ですが、アフリカ諸国、南米諸国、ASEAN(東南アジア諸国連合)は、武力行使や戦争、国際社会での貧困や搾取をなくすために「平和への権利」を国連総会で宣言として採択しようという動きに賛成しています。一方、アメリカやEU諸国、オーストラリアなどは「武力行使」に足かせをはめられるのを嫌い、「平和への権利」の採択に反対してきました。日本も「平和への権利」には反対の立場をとり続けてきました。こうした「平和への権利」の国際法典化に反対し続ける日本政府の対応ですが、「われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ」という憲法の理念に適った行動と言えるでしょうか。安倍自公政権は「積極的平和主義」を基本政策としていますが、武力行使や戦争、貧困や抑圧を国際社会からなくそうとするとりくみである「平和への権利」に反対することが「積極的平和主義」と言えるのでしょうか。(飯島滋明)
参考文献
平和への権利国際キャンペーン・日本実行委員会編『いまこそ知りたい 平和への権利 48のQ&A』(合同出版、2014年)
笹本 潤・前田 朗『平和への権利を世界に 国連宣言実現の動向と運動』(かもがわ出版、2011年)
『INTERJURIST NO.185』、『INTERJURIST NO.186』(日本国際法律家協会、2015年)
飯島 滋明「平和への権利」について」『名古屋学院大学論集人文・自然科学篇第 50 巻第 2 号』(2014年)http://www2.ngu.ac.jp/uri/jinbun/pdf/jinbun_vol5002_09.pdf