国の主権の及ぶ領域の境界です。あるいは、領土の区切りと越境するヒト・モノ・カネ及び情報の流れとの絶え間ない接続によって構成・維持される空間的な実践ということもできます。
現代世界の国境線はヨーロッパに起源をもつ近代国家システムの出現によって形成されてきました。すなわち、1555年のアウクスブルクの和議や1648年のウェストファリアの講和などにより、ヨーロッパの諸国家が特定領域に対する排他的権威を有する存在として相互に承認し合ったことに端を発すると言えます。これにより、どの領域・住民・資源がその領域に含まれ、どれが含まれないのかという正確な境界を示すことが求められるようになりました。この近代国家システムは特に18世紀から19世紀にかけてのヨーロッパ諸国による植民地の征服を通じて全世界に広がり、その際に引いた線をめぐって2つの世界大戦や冷戦などが繰り広げられてきました。
そして現在も国際情勢を形作り続けています。例えば、つい最近でも、ロシアのクリミア併合によるウクライナ危機、「イスラム国」によるシリア・イラク情勢の緊迫化、イギリスにおけるスコットランドの独立問題など、従来の国境線を引き直そうとする様々な動きが活発化しています。日本も例外ではなく、北方領土、竹島、尖閣諸島といった領土問題を抱えていることは有名ですが、領土のみならず領海(排他的経済水域)や領空、さらに日米安全保障条約の構造上の問題も含めて考えると、沖ノ鳥島、在日米軍基地や米軍管理空域(横田・岩国)などに関する問題を日本の国境問題と捉えることもできるでしょう。
国境それ自体をめぐる紛争のみならず、グローバル化が進展し、環境、難民、テロなどの地球的規模の課題が顕在化している現在、国境は越境する活動の促進と国境安全保障の強化という二つの矛盾した側面を有しているために、二国間及び多国間の取組がより必要とされています。
私たちはこれらの国境問題にいかに関与するべきでしょうか。すぐに思い浮かぶのは領土・領海・領空等を守り抜くための防衛・警察力の強化でしょう。しかし、それだけで十分でしょうか。特に憲法で「国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する」としている日本は可能な限り武力に頼らない解決が求められています。したがって、一方的に自国の主張を述べるだけなく、二国間の交渉や国際機関を通じた解決なども考慮する必要があるでしょう。ただ、それ以前に、これらの国境問題により多くの人たちが関心を持つ必要もあります。例えば、国境地域の人たちの生活を知らずに解決策を論じてもそれは机上の空論にすぎないばかりか解決それ自体を遠のかせてしまうことにもなりかねません。以上のことから、まず私たちに求められているのは、日本も含めた領土や地球的規模の課題の現実を知り、それらの解決に向けてより積極的に各国政府や国民に働きかけていくことなのです。(古川浩司)
参考文献
Alexander C. Diener and Joshua Hagen, Borders: A Very Short Introduction, Oxford University Press, 2012.(川久保文紀[訳]・岩下明裕[解説]『境界から世界を見る』岩波書店、2015年)
岩下明裕『北方領土・竹島・尖閣、これが解決策』朝日新聞出版、2013年
古川浩司「領土問題の再構成」木宮正史編『シリーズ 日本の安全保障 第6巻 朝鮮半島と東アジア』岩波書店、2015年