日本では、徴兵制というと「赤紙」によって一般市民が召集されるイメージが強いですが、そのような徴兵制が導入される可能性は低いでしょう。しかし、「貧困徴兵」のための準備はすでに整えられつつあります。
徴兵制とは、国家が国民に一定期間の兵役を課す制度です。歴史上、初めて徴兵制が登場したのは、1789年のフランス革命の直後です。このころには、殺傷力の強い兵器の登場によって、志願兵だけでは兵力の補充は困難になっていました。総力戦となった第一次世界大戦では6300万人、第二次大戦では1億490万人の国民が動員され、それぞれ850万人、1700万人の兵員が戦病死したと推計されています。
この未曾有の惨禍を経て、国連憲章(1945年)では、武力による威嚇よび武力の行使を原則的に違法であるとしました。1987年には、国連人権委員会が、兵役拒否権の普遍的承認を勧告しています。委員会が根拠としたのは、世界人権宣言の3条(人の生存権、自由・安全権)および18条(思想、良心、信仰の自由)で、徴兵制の下でも、兵役を拒否することは、思想・良心・信仰の権利の合法的な行使であるとしています。
冷戦後、徴兵制の有効性・必要性が低下しています。無人機など兵器はハイテク化し、戦場に大量の兵力は必要ありません。さらに、戦争の「民営化」が進められ、幅広い分野で、「民間企業」が業務を受注しています。現在、徴兵制を採用する国はイスラエルやロシア、スイス、韓国など50カ国以上ありますが、冷戦終結以降、フランスやイタリア、ドイツなど、徴兵制を廃止・停止する国が増加しています。
もちろん、軍隊には一定数の若い兵士が必要です。米国の場合、多くの貧しい人々や移民が入隊しており、「貧困徴兵」と呼ばれています。社会福祉や教育予算が削減され格差が広がる中、人間らしい生活をしたい、そのために大学教育を受けたいと思っている人々は、軍勧誘員の甘言を信じてしまいがちです。日本でも、派遣法改正や介護報酬切り下げ、医療や社会保障などの重要な制度変更がすでに進められています。その結果米国と同じように、経済的に厳しい状況の若者が入隊せざるを得ない事態が予測されます。
「貧困徴兵」では、戦場に派遣されるのは軍人だけではありません。米国の「対テロ戦争」では、借金返済のために多く人々が、民間軍事会社や民間警備会社社員として戦地へ赴いています。彼らも、戦場では死傷のリスクにさらされますが、心身を負傷して帰還しても、復員兵とはみなされません。(市川ひろみ)
参考文献
市川ひろみ『兵役拒否の思想-市民的不服従の理念と展開』明石書店、2007年
堤未果『ルポ 貧困大国アメリカ』岩波書店、2008年
小林祥晃「狙われる?貧困層の若者 「経済的徴兵制」への懸念」毎日新聞、2015年07月23日 東京夕刊http://mainichi.jp/shimen/news/20150723dde012010004000c.html