「イスラーム国」と名乗っている武装勢力は、イラク戦争後、イラクに駐留する米軍や新政権に反発して武装活動を行っていた組織です。その後イラクで治安が落ち着いて武装活動ができなくなったので、2011年から内戦が始まったシリアに拠点を移し、2014年にはイラクとシリアの領土の三分の一近くを制圧して、国際社会に恐怖を与えています。イラクやシリアで政府や欧米諸国に反対する人たちばかりでなく、チェチェンの独立運動家やアフガニスタンの反政府派、さらにはヨーロッパで虐げられているイスラーム教徒も合流して、自分たちだけのルールが通用する国づくりを行っていますが、その統治は異教徒や異宗派の人々を無惨に殺害するなど、残酷なやり方が問題になっています。「イスラーム国」と名乗っていますが、大半のイスラーム教徒はその残虐さに強く反発し、「イスラーム」を僭称するものだと考えています。
アメリカや周辺の国々は、「イスラーム国」が拡大しないように空爆などを行っていますが、その勢力を殺ぐことはできていません。アメリカは戦後のイラクやアフガニスタンで、7000人弱の兵士が亡くなっていますから、この地域に本格的に自国軍を投入する意図も能力もないと思われます。一方、国際社会もまた、「イスラーム国」のみならずその原因となったシリア内戦、さらには北アフリカにも広がる破綻状態に対して、積極的な解決策を施せていないのが現状です。現在大量の難民がヨーロッパに押し寄せて、大きな人道的問題になっていますが、それはこれまで国際社会がこうした中東での紛争の拡大を座視してきたからに他ありません。
こうした環境で、日本が中東からのエネルギー資源確保のためには自衛隊の派遣も不可欠、といった方針を強く打ち出すことになれば、「イスラーム国」と対峙することになります。実際、今年の5月、6月には、サウディアラビアの東部やクウェートといった産油国で、「イスラーム国」による爆破事件が発生しています。問題は、安保法制の策定者も自衛隊も、どこまでそのリスクを覚悟しているかということです。それは、リスクが高いから中東地域に一切関わるな、ということではありません。難民対策など、喫緊の問題の解決にはむしろ、非軍事面での協力が求められています。難民や紛争による困窮者が増えることは、結果的に犯罪やテロに走る若者を増やすことになります。非軍事部門で日本外交が国際貢献できる余地は、少なくないと思われます。(酒井啓子)
参考文献
山尾大・吉岡明子編「「イスラーム国」の脅威とイラク」(岩波書店)2014年
酒井啓子「中東から世界が見える」(岩波ジュニア新書)2014年
酒井啓子「中東徒然日記」『ニューズウィーク日本版(Web版) コラム&ブログ』http://www.newsweekjapan.jp/column/sakai/